毎年この時期になるといつ半袖に切り替えようか悩む。

悩みすぎて夜も眠れないくらい。うーん、マンダム。

皆さんはもう半袖に切り替えましたか?一回半袖になるた戻れないもんなー。そういってる次の日には半袖になってるかもしれないですが。

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ST機、このくくりに置いて、いくつかの機種名を挙げるならば、間違いなく『北斗』『吉宗』『番長』が挙げられます。

これらは時期が違えど、どこの店に行っても設置されていました。今の時代、普通じゃない?なんて思うと思いますが、昔は設置期間も長く、ラインナップが豊富でした。

この台初めて見た、ここにしかないんじゃね?なんてのも当たり前で、そのバランスを変えたのがこの3機種の『北斗』『吉宗』かもしれない。

もちろんこれだけではなく、同時期にはこの2機種の他に、『主役はゼニガタ』『鬼武者』『鬼浜』など、現在まで続編が続く名機がありました。

この時代、業界はまさにバブリー。日常的に北斗1/3で6なんてのも当たり前。吉宗1回交換や、設定6打ち換え券、王さまシートなんてのもありましたね。

何故そこまで売れたのか?

短時間一発勝負が出来たから。これに尽きるのかなと。サラリーマンが吉宗に座り、1ゲーム連天国連で万枚出たー、なんてのが起こり得たのです。

朝から打つメリットもあり、設定狙いが有効で、かつ、短時間でサクッと出ちゃう。

俗に言う専業さんや初打ち層が爆発的に増えましたね。当時はノリのメリットも少なく、今ほどは軍団で動く方も少なかったですね。

ピンで十分事足りたから。今の時代で500浮く人なら、1000は浮かせれたでしょうね。初打ち層も多かったことで、満足やめ、出しやめも当たり前、朝だめでも、拾えた時代でした。

この時エージィ青年はパチンコあまり打ちませんでしたが、パチンコのが断然甘かったのは後々知ることになりますが。

個人的に一番打ったのは『北斗』、家から五分のとこに等価店ができ、ライバルは皆無でした。ここが毎日ステップアップ方式で、夕方には設定6に昇格。

言わずもがなでした。

この時代は並びこそないものの、300日終日パチンコ屋にいましたね。まさにカタモゲールでした。←

真面目にやってたら、今こうして苦労せずにやれていたんでしょうね。(遠い目

時は過ぎ去り、不況がやってきました。

流れはパチスロ業界にも及び、客離れに拍車をかけるかのように4.5号機規制がやってきました。

それでもまだなんとかなる、いつかはよくなると思っていた方も多かったのではないでしょうかね。

4.7号機到来、思っていた以上に爆発力はなく、北斗世代と呼ばれた人達が知識・力を付けだし、ネットが普及するようになりだしました。

このあと、どんな時代が待ち構えているのか、エージィ青年は知るよしもなかった。

続く。