歳をとってくるとどんどん鈍くなるような気がすると前に書いた気がする。

書いたかどうかでいうと書いたと思うが、いつ書いたか?どこに書いたか?があやふやになってくる。

仕事で社内報に署名記事を書いたり、部内報でコラムを書いたり、何かと書く機会はそこそこにあるからだと思う。

特定の方々に向けて書く署名記事は、比較的自由だ。

相手の顔も原則として見えているからだ。

何か不具合があれば直接謝れるし。

 

 

不特定多数に誤解を招かないように正確に書きたいなと思えば思うほど、難しくなると感じる。

ネットなんだから自由に書こうというのは、閲覧を強制されることはないという前提に立てば圧倒的に正しいし、異論はない。

しかし、特定個人や特定企業に反論の余地を与えずに無記名で一方的に非難するのは私は好かない。

だめだとは言わない。
私が勝手に好かないだけだ。

唐突になんだって?たまたま調べごとをしていた時にサブ基盤に関するスレを見てしまって、
ちょっと嫌になっただけだ。

そこではいつの間にかサブ基盤問題から、期待値を信じるか信じないかの話になってエスカレートしていた。

一生負けてろだとか汚い真似して稼いでるホールの回し者だとか飛び交っていた。

ほんとはもっとえげつないこと書いてたけど、ここには書く気にはならない。

ついには、特定企業名やライターさん個人の一文字伏せの名前まで出てきてた。

そこで読むのをやめたが、ちょっとやっぱり違うかなと思ったりはした。

企業が株式公開して一般から資金調達していたり、タレントライターさんがメディア露出そのものでお金を儲けていたりするので好き嫌いによる一定の中傷はあってもしょうがないのかもしれないけれど。

私も苦手なメーカーさんはあるし、勝手に好印象を持てないタレントさんもいる。

上記のスレに出ていたホールグループさんにはあんまりいかないし、そこに出てきていたライターさんの動画も滅多に見ない。

ここんところ差し迫った集団的危機がないせいか、スキャンダルに見舞われたタレントさんや議員さんなど有名人が寄ってたかって袋叩きにされる。

 

 

思い出す事件がある。

ある都市で拘留中の被疑者が逃走。
何千人単位の捜査員が投入され、報道ヘリが飛びまくり、生中継も連発。

その地域の方々が感じた恐怖は十分に理解できるが、騒ぎのエスカレートは私個人は強烈に感じた。

同調性バイアスというやつだ。
ときに大衆の声はネットで光回線や高速データ通信にのって一気に拡散し、そして特定の個人などに集中していく。

もちろん、自分がこの地域に住んでいれば、家族を外には絶対に出さないし、早期の解決を望むと思う。

思うが、あまりのエスカレートはややヒステリックに感じることも確かだ。

滅多やたらに非難する。
非難のものさしも不明確なまま、声高に叫ぶ。

自省の観点は一切排除し、とにかく大声で非難する。

そうだ!そうだ!全く同感だ!
あなたの主張は素晴らしい!

肯定的なコメントがそこをさらに強固なものにしていく。

反論や異論を唱えようものなら、無記名の集団によって非難コメントで埋め尽くされる世界。

出口はどこにあるんだろう。

主張するものの前提に流れる自己責任、自省。

きっとそんなところに鍵があるんだろうと私は考える。

スロにおいてもメーカーを非難するのもいい。
ホールを否定するのもいい。

そこに自省や負けに対する自己責任の観点が一緒に存在するのなら。