フーリン

フーリン「一線を超える勇気」

 

 

人にはそれぞれ越えるのに苦労する一線というものが存在する。

TシャツをXLからLに落とす位ならまだ簡単な方だが、男女の友情は成立するとか宣言した後に一線を超えて男女の仲になるのはルビコン川を渡るよりも難易度が高いだろう。

しかし、世の中には軽一線を超える勇気を持ち合わせた人も居る。

ひょっとしたら本人達は自分に勇気があるとすら思っていないかもしれない。
むしろ努力している事を勇気の一言で片付けてしまうのは失礼にあたるかもしれない。

どちらにしろ筆者から見て彼らは尊敬に値する。

例えばパチスロ動画。
YouTubeにも実践動画を流すチャンネルが増えて久しいが、チャンネル専属の所謂パチスロタレントと呼ばれる人々が大半で有名ライターを起用している動画は少数派だ。

そういう人達は自らの意思で動画出演の道に足を踏み入れてる訳だ。
不特定多数の人に自分の姿を晒し、下手な事を言えば一気に叩かれる。

そういう世界に自分から踏み出した勇気は素直にすごいと思う。
このコラムを掲載させてもらってる回胴連HPにもスタッフ募集のリンクがあるが、出演者として応募した方がいるのであれば応募した時点で尊敬に値する。

一線を超えて新しい世界に足を踏み入れるのはそれだけ勇気のいる事だと思う。

少なくとも筆者には無理だ。
仮に動画に出るとしたらメキシコから来た覆面レスラーの如くマスクで顔を隠し、ルチャ・リブレを披露するくらいの事が必要になる。
ここまでやれば普段の筆者を知る人間にバレる事もないだろう。

Tシャツをサイズダウンさせるのもルチャ・リブレの習得も男女の仲も、次元は違うが一線を超えて何かを変えるという事に共通するのはやはり勇気だ。

自分の中で何かを変えたい、一歩を踏み出したいという人は洋服のサイズダウンから始めては如何だろうか?

その為に夜中のダブルチーズバーガーを我慢する。

そんな勇気をわたしは持ちたい。

 

 

フーリン「設定1でも100%」

 

 

最近パチスロの解析で良く目にする文言がある。

設定1でも100%のペイアウト。

技術介入要素の高いノーマルタイプで使われる事の多い文言だが、最近はART機でもリセット時はという条件付きで使われることがある。

世の中に1番多く存在する設定1をメーカーやメディアが打ち手に対してポジティブに表現する要素の1つだ。

要するに甘いという事なのだが、大事な事を忘れてはならない。

設定1はあくまでも設定1。

つまりは最低設定なのだ。

極端な物言いをすれば、あらゆる要素に対して冷遇されているという事だ。

状態が移行しにくい。

小役が落ちない、仕事をしない。

初当たりが遠い。

ペイアウトが100%を超えると言ってもこの面は変わらない。

設定1を打つ時のストレスは打ち手の誰もが少なからず経験しているだろう。

ペイアウトという何百万ゲームの試行の上で算出された理論値を頼りに設定1のストレスに立ち向かうのは正直なところ遠慮したい。

ベルが落ちず、1000円で20Gしか回らないハナビを打ち続けるにはGABAチョコレートを鼻血が出るほど食べても足りないだろう。

甘い台を否定はしない。
むしろ甘い台が出てくれるのは嬉しい。

甘い事を理由に立ち回るのも否定はしない。

だが打ちたいのはあくまでも設定6だ。
設定1でも100%を越える事が免罪符になってしまっては元も子もない。

とはいえパチスロに設定という概念が存在する以上、設定1を触る事を完全に避けるのは難しいだろう。
パチスロを楽しむ為には設定1だとしても前向きに打つ理由が必要だ。

そうなってくると設定1でも100%という文言を全面的に否定する事も出来ない。

パチスロを打つには根拠を持つ事が大事だ。
数値に支配されたパチスロというスポーツにおいて、ペイアウト100%超えという根拠は申し分ないだろう。

少なくとも、小役を並べさえすれば勝てるという根拠で6万負け中の凱旋を続行するよりは最適解と言える。

どなたでも結構です。
7枚目の1万円札をサンドに入れるのを思い留まる根拠をください。

 

 

フーリン「3分の1の純情な感情」

 

 

先日、筆者は生まれて初めてtotoBIGを購入した。

10口3000円分。

結果は6等が当選し払い戻しが570円。
完全なる赤字だが、完全なる運任せのゲームというのも面白いものだ。

6等が当たる確率は75分の1。
バジリスク絆でいう巻物の確率に近い。

お気付きだろうが、BIGの6等は宝くじを束で買ったら1枚は入ってる300円の当たりと同じような扱いの所謂オマケ。
ちなみに1等最高額6億円は理論上480万分の1だそうだ。
ここまで行くと流石に現実味は薄い。

ところが、3等以下ならかなり現実味を帯びて来る。

3等の確率は1万3千140分の1だ。

我々パチスロ打ちは常に6万5千536分の1だの3万2千768分の1だのといったフラグを追いかけている。

こう考えると普段からとんでもなく不利な勝負をしている気にもなるが、何も6万分の1級のフラグを引かなければ勝てないというほどパチスロというものは無情でもない。

筆者はパチスロで肝になるのは3分の1という確率だと考えている。

春先に導入されたアナザーゴッド・ポセイドン。

新基準機だけあって従来のゴッドシリーズよりもパワーは抑え気味だ。
つい先日GODを引いて600枚弱で終わった時は気絶しそうになった。

結局あの台はトライデントアタック1発目の3分の1を突破して222G以上に持っていけるかがすべてのカギとなっている。

3分の1がカギになっているのはポセイドンだけではない。

3分の1で高確移行。

3分の1でAT解除。

3分の1で特化ゾーン。

押し順当ても3択だったりする。

パチスロにはこんなにも3分の1がカギになっている台が溢れている。

地味な抽選確率だがここを制するだけでペイアウトは大きく変わる。

花形は6万5千536分の1のプレミアムフラグかもしれない。
しかしパチスロの持ち味を引き出す名脇役は3分の1位の軽めのフラグなのだ。

軽めのフラグだが、妙に3分の2に偏ることがある。

この偏りが絶妙に打ち手の精神を揺さぶるのだ。

精神が揺さぶられる事こそパチスロをパチスロ足らしめているのかもしれない。

 

そんな筆者は先日、女性から手痛い洗礼を受けた。

今年に入って4人目だ。
偏りに揺さぶられ過ぎて僕の純情はボロボロです。

 

 

フーリン「立ち回るのは苦手です」

 

 

昔からホール事情が厳しくなると言われるシーズンがある。

年末年始・お盆・ゴールデンウィーク。

この時期になるとパチスロ雑誌(あえて攻略誌とは書かない)の見出しに「立ち回り」という言葉をよく見かける。

ホールの稼働が上がる事に起因して設定状況が厳しくなる。
そのような状況下でG数や履歴から狙う台を見極めて勝率を上げようというのが雑誌が言う「立ち回り」だ。

要するにガチ勢と呼ばれる人々が行う期待値を探すと言うやつだ。

筆者はこの立ち回りと言うものが苦手だ。

「今日は立ち回って勝率の高くなる打ち方をしてみよう」とテーマを決めて入店し、良い気分で店を出た記憶がない。

そもそも、仕事でクライアントにキレて「は?何で?」とケンカになるのが筆者だ。
人生の立ち回りがド下手くそなヤツがパチスロの立ち回りが上手い訳がないのかもしれないが。

筆者が勝つ時は多くても2〜3台、下手したら移動を1回もせずに打ち続けた結果勝つというパターンが殆どだ。

現在のパチスロは高設定狙いよりもG数や履歴など目に見えている期待値を追いかける立ち回りが「勝てる立ち回り」という考え方が主流なのだと筆者は感じているが、その場合どうしても腰が軽くなってしまう。

どうにもこの「腰が軽くなる」というのが苦手なのだ。
苦手というか落ち着かない。

尻の軽い女子は好きだが、あちこち動いて落ち着かないのは嫌いだ。

パチスロを打つのは基本休日だ。
休日に朝からホールに出向いてる。
そういう時くらい好きな台にどっしり腰を据えて打ちたいのだ。

自分なりの根拠で打つ台を選びどっしり腰を据えた結果、高設定だったりしたら儲けもん。高設定ではなくても好きな台が打てれば上々の休日だと思える。

設定狙いよりも期待値を追いかける立ち回りが勝てるという流れができているのは「設定を狙う以前にそもそも高設定が無い」という考えの人が多いからなのかもしれないが、せっかく休日に打つのだから期待値の有り無しだけではなくてパチスロそのものを楽しむのも一興ではなかろうか。

 

 

フーリン「ディスり文化」

 

 

今から少し前、都議会のニュースが最盛期を迎えていたであろう時期にヤジは議会の華、昔のヤジにはある種の品があったという言葉を耳にしたことがある。

評論家やコメンテーターは独特の慣習などと言っているが、別に議会に限った話ではない。

日本人はディスるのが好きだ。

どんなものでもとりあえずディスっておけば無難と言わんばかりにディスりが横行している様に見える。

パチンコ・パチスロにしてもその例に漏れない。
新台特に新基準機になってからは出る台出る台とにかくディスられる。
もちろん賞賛もされているが圧倒的にディスりが多い。
新基準機というものをディスりの免罪符と思っているのではないかというくらいにまぁディスる

動画の演者さんに関してもディスりというのはある訳で、これに関してはツイッターなどのSNSでたまに目にするが大概はちょっとしたミスを挙げて「それでもライターかよ」的な文言でディスる。

ディスる事自体を悪とは言わないが、問題は中身だ

言葉を選ばないで言わせてもらえば内容が幼いのだ。

出ない、勝てない、クソ台、下手くそ、無知etc

たまに座布団をあげたくなる様な秀逸な物言いをする人もいるが、圧倒的に上記の文言が多い。

もう少し言い様がある気がしてならない。

機械に対してのディスりは負けた際の感情も込みであればまだ許容できないこともないが、人に対するディスりに関しては不快になることが多い。

ディスってる人々はその演者の方と同じシュチュエーションでカメラの前で流暢に喋る事ができるだろうか?
筆者を含めて大半の人間にはできないと思う。

時間がある時にでも想像してみていただきたい。
匿名性が高いとはいえ、自分の発したクソ台やらコイツは無知だ的な幼い発言が不特定多数の人間の目に晒されているのだ。

恐らくディスり文化は無くならないだろう。
なんせ4〜50代の議員と呼ばれる職についてる人々がヤジは華とか言ってるくら位なのだから。
無くならないとはいえ変えることはできると思う。

誰の目にも晒されても恥ずかしくない且つ個人を傷つけないオシャレなディスりが増える事を筆者は願う。

 

 

フーリン「感度の問題」

 

 

回胴連の試合だけに関わらずいわゆる「強い日」の店に行くと良く目にする光景がある。

50Gかそこそこ回されて夕方まで動かない台。

最近の台は高設定ほどリセット後に高確に行きやすいという特徴を持つ台も多いので高確が確認出来ずに捨てられ、他の打ち手もそれを知っているが故に動かないのだろう。

こういう台を目にすると、筆者としては非常にもったいないと感じてしまう。
高設定だからと言って100%高確に行く訳でないのであればその台が高設定である事を否定する要因にはならないのではなかろうか。

朝一高確に行かなかった、しかし小役は良く偶数挙動も示し結果として最高設定だという事もあり得るからだ。
以前のコラムでパチスロスタイルを足し算と引き算で例えたことがあるが、朝一高確否定で捨てた打ち手は恐らく足し算タイプの打ち手なのだろう。

良い要素がなかった時点で捨てる。

引き算タイプは良い要素がなくても他の部分に良い要素があればまだ打ち続けられる。

要するに感度の問題だ。

大きな設定差が見受けられない場合に「無い」と判断して捨ててしまうのか、それとも薄い設定差を見つけ出してそこに喜びを感じて打ち続けられるか。

薄いもしくは曖昧な設定差に喜びを見いだせるかの感度の違いで台を粘る人と捨てる人の違いが出てくるのだろう。

天井やゾーンを狙う期待値を稼ぐタイプの打ち手は曖昧な根拠を敬遠する傾向にある。
逆に高設定狙いをするタイプの打ち手は曖昧な根拠から粘って高設定を掘り当てる傾向にある。

筆者はどちらかというと後者のタイプで、曖昧な根拠を追っかける。
曖昧ではあるが、喜びとドキドキを味わう機会が長く得られるからだ。

それ故に自分が打つ台の設定差ポイントは薄かろうが濃かろうが極力頭に入れて打つようにしている。
感度をビンビンにした結果、曖昧な根拠に振り回され弄ばれ最後には財布の中身を根こそぎ奪われる事もあるが、長い時間ドキドキしている事自体が好きだ。

昔は曖昧なパチスロを打って結果として負けるのが好きではなかったが、今となってはこういう楽しみ方ができるようになった事を素直に喜べる。

たまにご飯には行くがその都度はぐらかされ、躱され、距離感が縮まったと思えばまた離れる。
そんな女子との曖昧なやりとりを楽しんでいるといつの間にか彼氏が出来てて徒労に終わる。
こんなやりとりも楽しめるようになったら、人生そのものがもっと楽しくなるのだろうか。

すくなくとも、半月では楽しいと思えませんでした。

 

 

フーリン「ランプの魔力」

 

 

パチスロを構成する部品で筆者が重点を置くものが4つある。
リールのデザイン、レバーの叩きやすさ、下皿の大きさ、ランプ。

特にランプに関してはかなり重要だ。
どのタイミングでどの様に、且つ何色に光るのか。
パチスロの評価としてランプの魅せ方は重要なファクターと位置付けている。

ノーマルタイプの巨頭、ジャグラーシリーズとハナハナシリーズはランプという点では絶対王者だ。
出目、音など全ての要素がランプという終着点に向かっているゲームフローは最早鉄板だ。

ランプが光る。

この一点だけでジャグラーとハナを打つ理由としては充分だろう。

絶対王者程ではないが筆者的にランプを上手く使っているのが大都技研の機種だろう。
番長シリーズ、忍魂シリーズの演出完結からBETボタンを叩いた瞬間にキレの良い音と同時にランプが光る演出パターンの気持ち良さもまた鉄板だ。

この2機種は通常時からボーナス非経由でラッシュに入るというフローとランプの価値観をBETボタンというトリガーを介して上手く魅せている。

上記に挙げたようにランプの光というのはパチスロにおいて気持ち良さを呼び込む魔力のようなものを持っているが、逆にランプが光る事でネガティヴな気持ちになる台もある。

リーチ目マシンだ。

アクロスシリーズやニューパルシリーズに代表されるが、あの手の機種はどれだけ早くボーナスの入りを察知するかがキモだ。
告知ランプが光るとある種の気不味さを感じる。

リーチ目を確認し、揃えたいのにリプレイが連続してランプが光った時「わかってたのに・・・」という恥ずかしさとも似た気持ちになったことがある打ち手も少なくないのではなかろうか。

ランプを光らせてはいけないと言うわけでもないし光ったからダセェという事でもないのだが「なぜ光っちゃうんだ・・・」と思ってしまうランプも確かに存在するのだろう。

光ればメダルが出る。

こんなにもシンプルな構図にも関わらず打ち手の感情をコントロールするランプ。

なんとも不思議な魔力である。

 

 

 

フーリン「地域最大級」

 

 

先日、地元に戻った際にとてつもなくデカいクシャミを耳にして懐かしい思いに浸ることが出来た。

筆者の地元には昔「くしゃみジジイ」と呼ばれる老人が存在した。
とにかくクシャミがデカいのだ。
ご年配は基本的にクシャミがデカいが、このじいさんは頭一つ抜けていた。

2キロ先まで聞こえるのではなかろうかという程のデカいクシャミは地区の子供たちの間では名物となり、地域最大級の称号を欲しいままにしていた。

 

 

地域最大級という言葉は実に便利だ。

便利が故に色々な場所で安易に使われる。

パチンコ屋もその一つだ。

地域最大級設置という言葉を掲げたポスターを見たことない打ち手は居ないのではなかろうか。
地域で1番設置している事をアピールする事が悪いとは言わないが、地域で1番のシマが閑古鳥ではネガティヴキャンペーンも良いところだ。

設置台数をアピールするのであればそれに見合った稼働もアピールするべきだ。
稼働をアピールするにはどうしても打ち手の期待感が高くなければ成立しない。

例えば10台のシマに2台高設定があるとする。
高設定でも必ず出玉が伴うという保証はないが見る人が見れば履歴でわかる可能性が高い。
そうなると打ち手はシマ全体に期待する。

期待して座った台が設定1だとしても確率の偏りで出玉が出る事がある。
そうなると益々シマへの期待感が高まる。

結果として5分の1が高設定で残りが設定1だとしても、期待感から稼働が付けばそれはもう店の勝ちだろう。

打ち手としてかなり都合の良い例えかもしれないが、地域最大級を掲げるならば稼働も最大級を目指していただきたい。

店前に地域最大稼働率と書いたのぼりやポスターを掲げる事が出来ればその店は安泰なのではなかろうか。

 

 

 

フーリン「マイナー台に光あれ」

 

 

筆者が良く行くホールで最近になって顔を合わせるようになった若者がいる。

筆者自身、比較的人見知りしない方だが彼は飛び抜けて人懐っこい。

こちらから質問した訳でもないのに既に筆者の脳内には彼の家族構成がインプットされてしまっているのだから相当なおしゃべり野郎だ。

そんな彼は21歳。
1つ上の先輩に誘われてスロットを始めたそうだが、その際の先輩の教えに筆者は衝撃を受けた。

絆さえ打ってれば問題ない。

そう教わって以来、彼は絆9割、ジャグラー1割の比率で打っているそうだ。
立ち回りに最適解はあっても正解はないのだから別に絆一辺倒という立ち回りを否定はしない。

実際問題ホールでの状況を見れば絆の信頼度は高い。
現状では絶対王者と言って良いだろう

強い日に絆に座れない=勝ちの目が消えたと考える打ち手もいるくらいだ。

だが、筆者が思うに絆を取れなかった時にどう動けるかで打ち手としての実力が問われるのではなかろうか。

具体的に言えばどれだけの数の機種に関して設定推測の知識を有するかが肝なのではないかと思う。。

その場合に大事になるのがマイナー台の存在だ。

世に現存する全ての台は万枚を出すポテンシャルを持ってリリースされるというのが筆者の持論だ。
つまりはバラエティコーナーに1台しか設置のない台も戦い方を間違えなければ勝てる可能性があるという事だ。

昨今の打ち手はバラエティに対してかなり冷めている気がする。

言葉は悪いかもしれないが、回胴連は好き者の集まりなのでバラエティだからという理由で設定が入っていないと判断する考えの方は少ないかもしれないが、市場という形で見るとバラエティは趣味打ちのために存在するという立ち位置だろう。

時間にゆとりのある方は是非一度マイナー台と呼ばれる台の解析を見てみると良いだろう。
ARTに入るだけで期待度700枚オーバーという台や、リセット恩恵が強い台がゴロゴロ存在する。

繰り返しになるが、絆だから強い。119%だから打つ。という考えを否定はしない。

ただ、この手法で立ち回ってる打ち手はそう遠くない未来にその術を断たれるのだ。
その時にパチスロを引退するのか、それとも他の台で楽しむのか。
パチスロの基準が見直しという分水嶺に立たされている今こそマイナー台に光が当たる事をねがう。

 

 

フーリン「閉店まで打つのは正解か否か」

 

 

読者諸兄の中に設定6を閉店までブン回した経験のある人はどれ位居るだろうか。
AT機の事故で閉店間際取り切れずといったパターンではなく、純粋にブン回した経験だ。

パチスロには制限時間というものが存在する。
何人たりともホールの閉店に逆らうことは出来ない。
おおよそ12時間の営業時間の中でどれだけの結果を残せるかというのがパチスロというスポーツのキモだというのが筆者の考えだが、高設定を閉店までブン回す事は正解なのだろうか?

高設定の場合理屈の上では出玉がプラスになる訳だから打つ時間が長ければ長い程プラスになる道理だが、それはあくまでも理屈の上での話だ。

高設定を打ち続ければ結果として収束していくだろうが、最大でも12時間程度という短時間で収束しきるとも思えない。
単日でプラスになったとしても全体から見れば若干の上振れでしかないし、マイナスになったとしても若干の下振れだ。

高設定を終日ブン回す事が目的だというのであれば何も問題無いが、打ち手というのはプラスを目指す人種だ。
極端な話、設定6を打って1000枚勝つよりも設定1を事故らせて5000枚出る方が嬉しいと思う人は多いだろう。

パチスロを打つ事を仕事量と捉えている所謂ガチ勢からは総スカンを喰らうかもしれないが、実際問題みんな勝ちたいのだ。

そう考えると高設定を閉店までブン回す事が必ずしも正解とは言えないのではなかろうか。

程良く出る台を程良い時間打ってそれなりに勝つ。

これが出来るようになると「パチスロは適度に楽しむ遊びです」という言葉が現実味を帯びるのではなかろうか。

ホール経営者諸兄。
われわれは貴方達が提唱する様に「適度に楽しみたい」のです。

なので、とりあえずは店内全6にしてみてください。

 

 

フーリン「それぞれのアイデンティティ」

 

 

アイデンティティ、定義は色々あるが噛み砕いて言ってしまえば「個性」を表す言葉だ。

筆者はアイデンティティの無い人間は存在しないと思ってる。
誰にしたって何らか他人より秀でているものはあるものだ。

これに関してはパチンコ・パチスロにも言えることで、パチンコなら「ルパンは連チャン性能が高い」とか「牙狼は一撃のチャンス」。パチスロなら「ハナビで固くいく」とか「凱旋で大勝負」と言った具合にそれぞれの機種にアイデンティティが存在する。

凱旋を打つ事が日常となっている筆者から見れば「大勝負」というイメージは無いのだが、世間一般のイメージではやはり「大勝負」なのだろう。

年間膨大な量の機種が導入されていく昨今、機種固有のアイデンティティを打ち手に認識されるというのは稀有な事だ。
大概は認識される前に撤去されてしまう。

しかし、折角認識されたアイデンティティを自らの手で破壊してしまう台という事もある。
得てしてヒット機種もしくはビッグタイトルの続編がそれに当てはまる。

筆者が近年で最も「ぶっ壊した」という印象を受けたのはパチンコのルパンだ。
それ以前のルパンが確変機だったのに対して筐体のど真ん中にステアリングを配置した前作はマックスST 機となった。
ルパンの魅力は確変中にどこまでも続きそうなイケイケ感だと思っていたのだがST機になったことで電サポ回数という終着点が見えてしまうのだ。
イケイケ感よりもドキドキ感が強くなってしまう。

パチンコにドキドキ感は大事だし、ST機の醍醐味だとも思うが結果として「ルパンっぽく無くなった」のだ。
打ち手が全員同じ理由かは定かではないが、ST機になることでルパンっぽさが無くなったことが前作が短いスパンで稼働の落ちた理由の一因ではないかと思っている。

前作と全く同じならば新作を作る意味がないし、既成概念に囚われていては進歩しないというのは重々承知だが、崩してはいけないアイデンティティというのは確かに存在するのだろう。
パチンコ・パチスロ共に今後はヒット機種の後継機が新基準機として続々とリリースされるだろう。
新内規に沿ってゲーム性を大きく変えてくる事は想像に難くないが、最低限のアイデンティティは守って頂きたい。
むしろ新内規が原因でアイデンティティを維持出来ないというのならリリースしないで頂きたい。

ポール・スタンレーやカーク・ハメットがギターをぶっ壊さないライブでファンは熱狂出来るだろうか?
獲得経験値が1のはぐれメタルを少年少女は追い回すだろうか?
F1モナコグランプリで全車が制限速度を守るレースが面白いだろうか?
千円50G回るGODシリーズにドキドキ出来るだろうか?
唇がカッサカサの石原さとみにみんながキュンキュンするだろうか?

F1もミュージシャンもパチスロも、人気が出ると言うことはそのアイデンティティが周囲から愛されてるということだ。

内規が変わろうとどうなろうと、愛せる台を作ってくれる事を切に願います。

追伸
石原さとみなら唇カッサカサでも筆者は愛せます。

 

 

フーリン「規制への質問」

 

 

パチスロ動画でトークコーナーや質問コーナーを設けている番組が少なからずある。

ラジオで言うところのお便りコーナーみたいなもんだ。

出演ライターのアクセサリやファッションのブランドに関する質問やら、単純にパチスロのシステムに関する質問なんかもある。
そして、どの番組でもこんな質問が挙がる事がある。

「○○が規制されるようですがどう思いますか?」

毎回思うんだが、この質問をした人は「どう思うか」を聞いてどうしたいのだろうか。

知りたがる事がダメと言うつもりはないし、パチスロ打ちが自分の周りの環境の変化について知りたいというのはむしろ同意したい。
それと同時に筆者は「聞いてどうするんだい?」とシンプルに思ってしまうのだ。
例えば、規制反対の署名を集めてるから同意する人を探す為にどう思うか聞いてるとかならまぁ納得がいくが、大体の人が聞いて終わりなのではなかろうか。

パチンコ・パチスロはそこまで難しい事考えずにボケーッと打つだけで充分楽しめるはずなんだが・・・

ちなみに、筆者は暇な時にネットで業界ニュースを見ているクチだ。
ただ、ニュースで得た情報に関して人に意見を求めた事は記憶を遡る限りでは思い当たらない。
情報に関してのリアクションが「こんな感じになるのかぁ・・・」程度で終わってしまう為、人に意見を求めてそれを活用しようという段階にまで至らないのだ。

現状のパチンコ・パチスロに於いては打ち手は出された物を受け入れるしか選択肢が無いのが実情だ。
規制が変わった事に関して意見があったとしてもそれを強烈に発信する術がない以上、受け入れていくしか無いし、何かを変えるのは難しいだろう。

大分冷めた考え方を書いてはいるが、筆者も規制やパチスロの現状に何も意見がないという訳ではない。
むしろ、打ち手側の意見が業界に反映されるという土壌が作られるならそれは大歓迎だ。

情報公開の遅さ、すぐに撤去されてしまって打ち込めない事への不満etc
変えて欲しい事は山程ある。

ホール単体レベルでも構わない。
打ち手の意見を取り入れてくれる環境作りというものを業界の方々には是非一度考えてみて頂きたい。

手始めに、負けて帰る打ち手への満面の笑みでの「ありがとうございました」を廃止していただけると、心の傷が深くならずに済む打ち手がココに一人居ると言うことを提言させて頂く。

 

 

 

フーリン「まさにブラックボックス」

 

 

12月中頃の話。

恐らく筆者が今年最も打ち込んだ機種、ミリオンゴッド〜神々の凱旋〜の新しい解析が導入から1年半以上経過した今頃になって発表された。

内容は前兆G数とループ率管理のテーブルというかなり根本を成す部分に関してだ。

完全に油断していた。
このまま発表されることなく凱旋はホールから消えてくと思っていたからだ。

解析が出れば勝てると言うわけではないし今回発表された内容には設定差は存在しないが、前兆G数はパチスロを楽しむ際の重要な要素であることは間違いない。
筆者個人としてはゲームの要と言っても過言ではない立ち位置にある。

どう考えても発表が遅い。

確定している訳ではないが、恐らく凱旋は近い内に撤去の対象となるだろう。
2016年内で姿を消すと言ってる人もいたくらいだ。

情報はありがたく活用させて頂くが、もうすぐ打てなくなるかもしれない台の解析を今更発表されても活用する機会が多く取れる訳でもない。

凱旋は現行機の中でも生き残れた部類に入ると思っているが、その機種でさえこの様な状況なのだから2016年だけで見ても恐ろしい数の未公開情報が存在するであろう事は想像に難くない。

憶測だが、「稼働が伸びなかったらココまで、伸びたらココまで」と言った具合にリリース後の状況で公開する情報数を決めてるのではないかと思うことがある。

解析値の公開というのはメーカーにとってはマーケティングの一部に過ぎない。

「後からゆっくり公開していこうと思ってたが、思ったより人気が出なくて全部出し切る前に撤去された。」
というのであればマーケティングとしては大分お粗末だ。

数十万円もする機械を何万台も販売する企業がそんなお粗末な事をするとは考えにくい。
最初から全部公開する気が無いままにリリースした機械が沢山あるという事になるだろう。

改めてブラックボックス感を強く感じた。

パチンコ・パチスロ業界は7に因んだ事柄を活かすのは得意な業界なハズだ。

どこの業界団体でも構わない。
どこぞの地方議会よろしく、2017年は「打ち手ファースト」を掲げた7人の侍を生み出してはくれないものだろうか。

 

 

 

フーリン「タイアップもここまで来たか」

 

 

筆者は時間のある時にはネットでパチンコ・パチスロの業界ニュースサイトを見るのがルーティンの1つになっている。

業界関係者という訳でもないので別に見る必要性がある訳ではないのだが、業界自主規制のニュース等は実際にホールで打ってる人間からすれば全く無関係という訳でもないのと知りたがりの性分から見るようになった。

そんなある日、豊丸産業の新機種に関するニュースに目が止まった。

「CR豊丸とソフトオンデマンドの最新作」

「最新作」までが機種名なのだが、まさかソフトオンデマンドとコラボするメーカーが出てくるとは思っていなかった。
女性はあまりピンと来ないかもしれないが、男性ならば少なからずお世話になったことがあるのではないだろうか?

オブラートに包まず言ってしまえばAVメーカーだ。

新機種情報には台の特徴としてこの様に書かれている。

以下、抜粋
※※※※
セクシー女優100名以上が登場する。「極上女体フルボディギミック」「18禁回転ギミック」「パトバイブギミック」などの役物も搭載した。また、撮影交渉が成功すれば大当りとなる「MM号リーチ」やヒット機種のパロディ演出を搭載するなどコメディ要素も満載。
※※※

記事を読みながら思わず笑ってしまった。
パチンコ・パチスロは直接的な成人向け表現が禁止されているが、名称だけ見ると大分ギリギリのラインを突いてきているように思える。

以前のコラムでスロットにエロスは要らないという旨を書いたことがある(http://kaidouren.com/?p=15798)
中途半端なエロスはパチスロに必要がないというのが筆者の持論だがオブラートに包む訳でもなくここまでストレートにタイアップするとなると話が違ってくる。

なんせ「MM(マジックミラー)号リーチ」だ。
企画を考案した開発者も決済を通した管理職も頭のネジがズレてるか余程の天才かのどちらかだろう。

検定を通過している訳だから過剰な表現は含まれていないのは当然だが、ギリギリのラインを突こうという点は素晴らしいと思う。

リリースは1月上旬とのことなのでどの様な仕上がりになっているかは不明だが、筆者は間違いなく打つ。

豊丸産業がこの手のDVD特有のパッケージに騙されるという所まで忠実に再現していない事を願いつつ年明けをまとうと思う。

 

 

フーリン「趣味の話」

 

 

回胴連ホームページ上にコラムを載せてもらうようになって10ヶ月が経とうとしている。

ここまで月2本、なんとか期限内の投稿を続けているのは飽き性の筆者としては珍しい。

これまで書いたコラム(コラムと呼ぶのもおこがましいが)を見返してみるとすべてパチンコ・パチスロがテーマになっている。

今回はテーマを変えて筆者の趣味について書こうと思う。

言わずもがなパチンコ・パチスロは筆者の趣味の筆頭だが、それ以外にも趣味と呼べるものが幾つかある。

競艇
釣り
マッサージ屋巡り

文字に表すと完全にオッサンだ。

この3つには全てパチンコ・パチスロより後に始めたという共通点がある。

18歳からホールに通うようになり、今年で12年。
23歳になった頃突然危機感のようなものが頭を過ぎったのだ。

休日にパチンコ・パチスロしかやることが無いのはどうなのだろう?

筆者は物事に関して気にし過ぎるきらいがある。
30歳を超え、40歳を超えパチンコ・パチスロしかやることがない自分を想像した時、ある種の恐怖の様なものを覚えた。

パチンコ・パチスロを打たなくなった時に何も趣味がないという事態を避けるべく色々と模索した結果競艇や釣りに行き着いたのである。

趣味とは言っても所謂下手の横好きと言うやつで競艇の収支は目も当てられないし、釣りも魚を釣りに行ってるのか水面を眺めに行ってるのか怪しいものだ。

とはいえ、暇さえあればホールに行って爆音に身を晒してばかりいた筆者にとって休日をホール以外で過ごすのはなんとも新鮮だった。

パチンコ・パチスロにどっぷりだった分その新鮮さはひとしおだ。
そしてパチンコ・パチスロとある程度の距離を置いたことで、それまで以上にパチンコ・パチスロが更に楽しくも感じられた。

このコラムを読んでくださっている方々の中にパチンコ・パチスロ以外の趣味がないという方がいたら、是非一度他の趣味を模索してみる事をオススメする。

 

 

フーリン「常に最高の展開を」

 

 

何事に関してもポジティブから入る人とネガティブから入る人という2パターンがある。

筆者はポジティブから入るクチだ。

舟券を買う時は万舟になることを願うし、どストライクの女性と話す時は3秒で惚れられる事を想定する。

ホールに入った時は座った台が設定6であると想定して座るし、1発目のレバーでフリーズする事を想定して叩く。

パチスロの上手な人々は逆にネガティブから入る人が多いように思える。
天井狙い等は天井まで当たらない事を想定するのだから、言ってみればネガティブに類するだろう。
主観だが、ネガティブ先行でパチスロを打つ人は足し算をしている様に思える。

偶数挙動や小役確率を積み重ねて良い台だという根拠を積み重ねていく。
悪い要素があればそれを理由に台を離れる。
悪い要素を多数派として扱っているという感覚。

筆者は真逆で引き算をしていくタイプだ。
基本的に座った台は6だと想定し、出玉に関しても座るからには万枚を狙う。
悪い要素を少数派として扱うので6と思える要素が残っていれば続行。
良い要素が一つも無くなったら台を離れる。

リスクを最小限に抑えて勝率を上げるには前者の方が効率が良いのだろうが、どうにも筆者は足し算方式が苦手だ。

勝ち方よりも楽しみ方を重視するからだ。
もちろん勝つに越したことはないが、ヤメる事を想定して打つよりも最高の展開を思い描きながら打つ方が楽しい。

「このまま打つと天井を意識しなければならないのでヤメる」よりも「天井まで回してぶっ壊す」という考えだ。

せっかく休日に朝からホールに行って金を使うのだから気持ちだけでも常に前を向いていたい。
前向きに打ち続ければきっといつかは報われると信じているからだ。

信じるものは救われる。

そう思いつつ、凱旋で今年12回目の据え置き天井単発を喰らった時刻は13時45分。

 

 

フーリン「大人のパチスロ」

 

 

全国津々浦々ホールに共通しているのが「並び」だ。
グランドオープン時には前日から徹夜で並ぶという話も珍しくない。
筆者も一時期は開店2時間前から並んでひたすらスマホを弄っていた時期がある。

しかし、いつからかせいぜい20分前に並ぶ程度になってしまった。
これには幾つか理由がある。

まずは周囲の目だ。
都市部のホールは駅や大通りに面していることが多く、平日となれば出勤時間とぶつかる。
この時の通行人の目が気になってしょうがない。
自分はその日休日なのだから何も悪いことはしていないのだが、罪悪感に似たものを感じてしまう。

次に体力面。
筆者は今年の4月で30歳を迎えた。
1時間も並ぶと正直疲れる。
当然だが夏は暑いし冬は寒い。
そんな中1時間外でじっとしているというのは可能な限り避けたいものだ。

特定の法則で強い機種がある程度絞り込めて早くから並べばその台が取れるという状況であるならわからなくもないが極力並びたくないというのが本音だ。

極力並ばず、出来れば開店してから入店しフラフラ~っと座って2万くらい勝つ。

脱力と余裕を兼ね備えた「大人のパチスロ」
これが今筆者が理想としているスタイルだ。

要は疲れたくないというだけの話なんだが・・・

 

 

 

フーリン「版権物の声」

 

 

版権物のパチンコ・パチスロでは作中の台詞やキャッチコピーが使われることがほとんどだ。

ねだるな、勝ち取れ。

奇跡や魔法もあるんだよ。

我に従え。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ。

様々な名言や台詞が搭載されているが、それだけではパチンコ・パチスロは成立しない。
パチンコ・パチスロならではの用語というものが付いて回る。

激熱

リーチ

継続

○○ラッシュ突入

大当たり

これらの単語を声優または演者の声で収録しなければならない。
この収録という作業にどれ程の労力が必要かということは開発に携わったことがなくても容易に想像できる。

それぞれの演者から一言ずつ収録・編集して台に組み込む。

演者全員がパチンコ・パチスロを打つ訳ではない。
自分が発している単語の意味など全くわからない演者も少なくないだろう。

例えばパチンコのAKB48。

演者であるAKBのメンバーはパチンコ・パチスロの事などさっぱりだろう(詳しいメンバーが居るのであればそれはそれで興味深いが)。

彼女達は仕事とはいえ、「激熱」・「継続」・「右打ち」といった全く意味のわからない単語を収録するために時間を割いているのだ。

恐らくリテイクもかかっているだろう。

諸兄にも想像して頂きたい。

目的や内容が理解できないまま進める仕事と言うのはキツいものだ。
そして、彼女達がキツい仕事をしてくれたお陰で我々はパチンコAKBを打てているのだ。

そう思うと、彼女達に焼き肉の1つも奢ってあげたくなるというものだ。

 

 

フーリン「お前もまさしく強敵(とも)だった」

 

 

パチスロを打つようになって12年と少し。

元々声に出さずに脳内で「やたらスイカ落ちるな」や「こっから前兆・・・遅くね?」といった具合に呟くことが多いのだが、最近になってネクストステージに足を踏み込みつつある。

台に対して語りかけるのだ。

「これより、ジャギステージ滞在中リプレイの皆さんは控えてくださぁい」

「落ちるなよ?落ちるなよ?・・・そうっ!!」

「お前今いくら吸い込んでるのかわかってるのか?5万だぞ?ちょっとしたエアジョーダンが2足買えるんだぞ?」

「今滑ったよな?ビタで押して滑ったよな?」

完全なる病気だ。

自分で病気と思ってるんだから間違いないだろう。

別に「語りかけたら出る」と言うつもりはない。

1日に3000~5000Gも回す際の孤独感に対して、脳内独り言という対策を講じている内にとうとう台に語りかけるという所に行き着いてしまったのだ。

基本的にパチスロ打ちは孤独だ。
回胴連の試合以外は基本的に1人で打ちに行く筆者は1日誰とも喋らないことも珍しくない。

1人で戦場を生き抜くために、目の前の相手に語りかけることで孤独に耐える。
パチスロはただの機械ではなく強敵(とも)とまで思える存在となってきた。

異常なまでの5択成功率とARTの直当たり複数回、豊作と言わざるを得ないチェリーとスイカの落ちを見せつけ、4200G間で数々の言葉を交わし気づいた頃には全ての数値が2と3の間に落ち着き、筆者の私有財産をむしり取ったブラッド+2。

お前もまさしく強敵(とも)だった。

 

 

フーリン「凱旋が消える日」

 

 

現行パチスロ機で唯一全身金色を許されたマシン。

ミリオンゴッド〜神々の凱旋〜がもうすぐホールから姿を消してしまう。

撤去関係は今まで何度も先延ばしになっているので今後もどうなるかはわからないものの、いつ消えてもおかしくない。

打ち手に夢と絶望を2対8という極悪比率で提供して来た神。

筆者的には激甘としか思えない神。

筆者に初当たりまでに5万使う事を普通と思わせるきっかけとなった神。

導入から年をまたいで数年間打ち続けた台は貴方とサラリーマン番長位になってしまいました。

これ程までにヒリヒリ出来るってのは、パチスロとして良く出来てるという事なのだろう。

こういう文章の流れだと「ありがとう、さようなら」で締めるのが妥当だが、まだ「ありがとう」とは言わない。

筆者は神に対してまだ貸しがあるからだ。

導入からの累計に関しては目を瞑ろう。
というか導入からの累計を計算すると頭髪が試合後のホセ・メンドーサになってしまうのは間違いないので目を逸らそう。

今年分だけで勘弁してやる。
年内に3万枚。きっちり返してください。