フーリン

フーリン「失恋レストランと惨敗レストラン」

 

 

「好きな女に裏切られて笑いを忘れた道化師がすがる失恋レストラン。」

なんとも痛々しいフレーズである。
清水健太郎が歌う「失恋レストラン」
偶然YouTubeで見つけたが、筆者の心臓にスマッシュヒットした曲の一節である。

先日、筆者は失恋した。
それも、結構しっかり目にフラれた。

年齢が30を超え、それなりに人生経験を積んでもこういうダメージは結構なストレスになる。

パチスロで負けた際にもストレスは感じるが、それの6倍はくだらないだろう。

筆者のストレス発散方は食だ。

スロットで負けようが失恋しようが食べたいものを食べるとそれなりのストレス発散になる。

設定1でペイアウト97%の台で出率80%で負けたときのなんとも言えない虚しさ。
女性から「先が見えない」と別れを告げられた虚しさも。
あらゆる数値が設定6の近似値を記録するニューアイムでバケ12連による出玉崩壊した時のやるせなさも。

食べればそれなりに軽減される。

満腹から得られる幸福感が失恋や負けで発生した不幸感を上書きしてくれるからという説を聞いたことがあるが、あながち間違いではないのだろう。

パチンコ•パチスロだけではなく、すべての賭け事は敗者のほうが多くできるシステムになっている。
ホールに食堂、いわゆる「惨敗レストラン」を併設するのは客のストレスを軽減するという意味では正解なのかもしれない。

筆者はホール併設のレストランの3割は美味しくない店だと思っている。
先日、塩ラーメンと塩水に浸けた麺の違いがわからない人間が作ったとしか思えない塩ラーメンを食したが、8万負けの涙と失恋の涙が混ざったラーメンはいつにも増して塩辛かった。

 

 

フーリン「恐れず打てよ、技術介入機」

 

 

筆者は最近ゴッドを打つ以外はディスクアップとアレックスに夢中になっている。

この2機種は2018年導入台の中で個人的なベスト機種2トップだ。
特にディスクアップの技術介入性は病みつきになる。

ボーナス中のビタ押し成功率でペイアウトが大きく変わると言われているが、この技術介入部分を敬遠して打たないという声をよく耳にする。

非常にもったいない話だ。

リール直視は体質や才能だが、ビタのタイミングは練習でどうとでもなる。
実際筆者は幾多のペイアウトロスを犠牲に練習を繰り返した結果、ビタ押し成功率を平均60%以上まで上げる事ができた。
ちなみに初打ちの時は20%程度だ。

目に見えて自分の技術力が上がっていくということが実感できるのはパチスロを打つ過程で非常に楽しいものだ。
高いペイアウトで実入りを増やすことも大事だが、練習して上手くなる実感を教えてくれるディスクアップのような台はもっと幅広い人に打ってもらいたいと個人的には思う。

隣の人がビタ押しをバスバス決める中ミスって恥ずかしいとか、押せないのに打つのはもったいないと言われたという理由で打たない人は是非周囲の目線をシャットアウトしてディスクアップに挑戦してみてはどうだろうか。

技術力が高い人も、苦手な人に「もったいない」とか「押せないじゃん」などとネガティブな事ばかり言うのではなく自分が初めて7を揃えられた時を思い出しつつ暖かく見守ってみてはいかがだろう。

 

 

フーリン「ゴッドシリーズの終わりと始まり」

 

 

12月に入りパチスロの新台にビッグネームが導入された。

アナザーゴッドハーデス~冥王召喚~

ご存知ハーデスの後継機だ。

凱旋導入から3年と少し。
とうとうゴッドシリーズに新台が出てきた。
ゴッドシリーズ初の5.9号機ということで、天井非搭載。
解析次第では歴代最強の凶悪マシンになる可能性があるというのが筆者の最初の印象だ。

5.9号機でゴッドが出たことで、いよいよ初代ハーデスと凱旋の終焉が見えてきた。
同時に旧基準ゴッドが完全に姿を消す前にケリを付けなければという気持ちが強くなってくる。

ハーデスでは万枚も出した、朝一1Gゴッドも引いた。トータルはマイナス140万
凱旋は最高8800枚。朝一1Gゴッドは引けていない。トータルはマイナス190万

数字だけ見たらただのゴッドジャンキーと言われても反論できない。

ここまで壊滅的な収支を叩き出しておきながら打つのを辞めないのだから何と言われても仕方がないのだが、楽しいのだから仕方がない。

誤解の無いようにしたいのが、金がなくなるのが楽しいわけではない。
金がなくなることに関しては毎回奥歯が砕け散らんばかりの怒りを抱えている。

ここで書く楽しいというのはゲーム性の話だ。
小役連続やゴッド揃いの気持ちよさ、ループ連に目が行きがちだが内部的な前兆と演出の絡みも実に良く出来ているのだ。

加え、て打っている間は常に思考することを要求される。

突き詰めていくととても奥の深い機械なのだ。

この場で前兆と演出の絡みや通常時の思考について書きだすと止まらなくなるので割愛するが、ここまで虜にされた機械がもうすぐ終焉を迎えるというのは感慨深いものがある。

現実的に考えて旧基準ゴッドから全負債を回収するのは間に合わないだろう。
現時点で勝ち逃げされるのが確定いている。

負けは確定していてもせめて一矢報いたいものだ。
とりあえず、凱旋とハーデスから10万ずつの回収を2018年最後の目標にしようと思う。

 

 

フーリン「便利な道具は使いこなしてこそ便利」

 

 

最近、入場抽選にLINEを活用するお店が少しずつ増えてきた。

登録してある画面を見せるだけの店もあれば、LINEで配信されるパスワードが必要になる店もある。

この変化に対しては人によって受け取り方は様々だろうが、パスワード方式の抽選手順をざっと確認したとき、筆者の脳裏には”面倒”という言葉が浮かんだ。
手順自体は3段階なのでそれほど複雑ではないのだが、今まで並んで抽選機のボタンを押すだけだったものが3段階になれば一瞬は面倒に見えるものだ。

2〜30代の打ち手はそれほど抵抗がないかもしれないが、40代より上の世代は更に面倒に感じるだろう。
面倒な事に直面した時に解決するために動く人間と解決を放棄して別の楽な道を選ぶ人間。
圧倒的に多いのは後者だと思う。

特にパチンコ•パチスロは特定の店で打つということが義務付けられてる訳でもない。
抽選が面倒なら、楽な店に移動すればいいだけだ。

LINEやWEBを利用すれば効率化が図れてスタッフの負担も減るかもしれないし、慣れてしまえば打ち手側も楽になるであろうLINE活用。

効率を良くした結果、今まで来ていたお客さんが離れるという事態は上手く避けていただきたい。

 

 

フーリン「小さな液晶の妙」

 

 

パチスロ関連の小道具で最も秀逸な物は何か。

そう聞かれれば筆者は間違いなく小役カウンターと答えるだろう。
以前はよくコンビニの書籍コーナーや本屋においてあったが、最近はネットで買う人のほうが多いらしい。

スマホのアプリでも小役カウンターの類を目にすることが多くなったが、このツールは実に秀逸だ。

台のスマホ連動サービスにカウント機能が付いていないノーマルタイプなどで設定推測をする際に役立つのはもちろんだが、パチスロを楽し無という面でも役に立つ。

ベルやブドウといった分母の小さい小役は少しの偏りですぐに6の近似値になる。
近似値はあくまで近似値なのだが、それが続けばその分自分の台が6なのではなかろうかという希望につながる。

逆にずっと1の近似値だったものが回すにつれて6に近づいていくのは見ていて楽しいものだ。

結果として1の近似値で落ち着いたとしても、目に見える数値として自分で納得することもできる。

現行のノーマルタイプは液晶非搭載の台が多いが
、小役カウンターの小さな液晶がその代わりをしてくれていると考えると中々楽しんで打てるものだ。

派手な音やエフェクトではなく、ただひたすらにシンプルな数字の増減で期待度を煽るという妙。
どんなにスマホが普及してもアナログなカウンターが無くならないのはこういう点が無意識下で打ち手の心を掴んでいるのかもしれない。

ディスクアップで5000G間カウンターに表示される全ての数値が6も近似値で嬉々として打つ中、終盤2000Gで一気に1の近似値まで急降下したのを見つめながら、静かにボタン電池をえぐり取ったあの日。

財布から消えた4万とは裏腹に不思議な納得感を得られたのもきっと数字の妙がなせる技なのだろう。

 

 

フーリン「思った以上に便利なAI」

 

 

筆者は仕事柄と趣味を兼ねてスマホを複数台所持している。

メイン使用はiPhoneだが、Androidも使用している。
Androidスマホの一部にはAIが搭載されており、電池消費のコントロールやユーザーの検索傾向などを学習する事が出来る。

AIとはいわゆる人工知能のことだ。

子供の頃にロボットアニメなどで聞いた単語が実装され始めたというのはシンプルに驚きだ。

驚きついでにgoogleHomeというスマートスピーカーも購入してみたが、これもまた驚きだ。
設定をいじって「おはよう」と声をかけると交通状況や天気、ニュースなどを流してくれる。
生活の必需品ではないが、便利なのは間違いない。

今は予め用意された行動しかできないが、これからAIが進化して検索できるカテゴリーが増えると利用ユーザーは増えるのではと思う。

「OK Google、今日熱いホールを教えて」

なんて質問に Googleが答えてくれる時代がいずれやってくるかもしれない。

 

 

フーリン「得難い高揚感」

 

 

先日ブログでも書いたがハーデスを打ちに行ったある日、念願の開店1ゲーム目に全回転フリーズ経由のゴッド揃いを引いた。

自分でも病気なんじゃないかと思いつつ馬鹿みたいにゴッドシリーズと向き合い続けてようやくの1回だ。

特定の演出を見たいがために打ち続け、達成する前に撤去という悲劇に見舞われた打ち手は少なくないだろう。
そう考えると、願望の1つをホールで叶えられた筆者は幸せな部類だと思う。

朝一レバーオン直後に左リールボタンがスカッた瞬間の鳥肌は5号機史上最高の思い出として忘れたくても忘れられない。

今回の朝一全回転によって、ハーデスでやり残したことは殆ど無くなってしまった。
同じゴッドシリーズでも凱旋はいくつかやり残しがあるが、やり残したことが無いと思える台はハーデスが初めてだ。

6号機の導入が始まり、順次撤去されていくであろう5号機達。
皆さんもやり残した事がある台にはどんどん触れておくことをオススメする。

初めて見た演出、好きな演出には収支を度外視した得体の知れない魅力と高揚感を得られる。

たとえ朝一全回転から40分後に通常時を回すという屈辱を味わったとしても・・・
たとえ当日の収支がマイナス40本で終了しても・・・

引いた瞬間の高揚感というものは他では得難いものだ。

 

 

 

 

フーリン「景品カウンターとの向き合い方」

 

 

子供時分の筆者にとって、パチンコ屋はパラダイスだった。

筆者が子供の頃はパチンコ屋に子供を連れて入ることが許されるギリギリの時代だ。

祖父の膝の上でボーッと球を見ているだけで隣の席の老人達が無条件でお菓子やジュースをくれた。
祖父が当時お気に入りだったビッグシューターが火を噴くと、交換された大量のお菓子やジュースが筆者に振る舞われた。

景品カウンターには友達の母親が務めており、彼女がお菓子をくれる女神に見えた。
少なくとも友達を叱る時の般若のような顔は景品カウンターで見せることはなかった。

1人で打ちに行くようになると、お菓子の供給源は特殊景品の受取場へと変わった。
別にそれが悪いとは思わない。

子供と大人では得るものも失うものも価値観が異なる。
重点を置くものがお菓子から特殊景品に変わったという話だ。

そう思いつつも、景品カウンターに並ぶ景品に目を向けると存外楽しめるものだ。

おもちゃ、家電、時計、生活用品、食品etc
ホールによっては数量限定のお菓子や酒類を並べている店もある。

童心に返るとまではいかないが、勝ち負けばかりではない楽しみやホールの特色というものがそこには確かに存在する。

パチンコ屋というものはどうしても収支に目が行きがちだが、専業でない限りあくまでもパチンコ・パチスロは余暇の一幕だ。
1000枚勝ったら300枚は景品に交換。というのも楽しみ方としてアリなのかもしれない。

 

 

フーリン「煩悩滅殺打法」

 

 

筆者はペイアウトというものが基本的にあまり好きではない。

ペイアウトを極限まで高めようとすると、どうしても「楽しむ」ということに対するリソースが減ると思っているからだ。

ジャグラーで言えば成立ゲームでボーナスを揃える事で1枚のロスを減らせるが、ランプを光らせるという楽しみが減ってしまう。

1枚のロスを減らす事で果たして何%のペイアウトアップに繋がるのだろうか。
筆者としては、楽しい要素を削ってまで上げるほどのパーセンテージとは思えない

設定1でも甘いと言われる台の大半はボーナスタイプだが、ペイアウトを高めるのであればリーチ目を放棄して即座にボーナスを成立させるのが正解だろう。
だが、リーチ目を見る権利を金で買っているという考え方の筆者としてはいわゆる「生入れ」はあまり好きではない。

大事なのはペイアウトを犠牲にしてでも楽しいと思える台を自分が打てるかどうかだ。

先日、ディスクアップを打っている際に知人から「ビタ押し上手くないのに打ったら損じゃないか」と指摘を受けたが、筆者はART中の耳残り抜群のBGMとリーチ目を見たくてディスクアップを打っているのだ。
勝つに越したことはないが、最優先は好きな台を触るということだ。

ペイアウトを引き上げる為に楽しみを削る煩悩滅殺打法は勝つ為には重要だが、パチスロという機械はそもそも煩悩を具現化した様な存在だ。

収支をプラスに持って行く為にペイアウトの高い台を打つということは立派な戦法だが、ペイアウトを気にせず煩悩の赴くままに打つ事もパチスロを楽しむという点では大事に思う。

 

 

フーリン「魅力という字には鬼が住んでいる」

 

 

美男美女という言葉があるが、これに当てはまる人種は良くも悪くも他と一線を画す存在だ。

生まれてこのかた32年。
顔面バッドデザイン大賞金賞を受賞し続けてきた筆者にとっては別次元の存在だ。

少し前に木村拓哉のご息女がモデルとして世に出たが眼力といいスタイルといい、もはや覇王色の覇気でも纏っているかのごとく雰囲気を醸し出している。

美男美女を取り巻く環境というのは時折無法地帯を感じさせられる程に大目に見られる事が多い。

助けてもらったことを理由にして美女に化け、深夜にも関わらず家に泊めろと要求してくる鶴。

協力する素振りを見せて、宝が手に入った瞬間アッサリ裏切る不二子。

結婚を諦めさせるためとはいえ、求婚者に無理難題な贈り物を要求するかぐや姫。

自身の料理番組で異様なまでにオリーブオイルに固執するイケメンタレント。

多少の横暴が「俺様キャラ」として許されるイケメンアニメキャラ。

これらはルックスに恵まれていなければ到底許されない所業だ。

ルックスに限らず、どこか一つでも魅力があれば多少の事は大目に見られるというのは万国共通の免罪符なのかもしれない。

気付けば3枚目の万券を女泥棒にかすめ取られても、なんだかんだで許せてしまうのは驚異の一撃性能とタイプライターの気持ち良さという魅力のなせる技なのかもしれない。

魅力という時には鬼の字が入っている。
魅力と怖さは紙一重という事なのだろうか。
などと、金ぱっつぁんの様なことを考えながら女泥棒との駆け引きは続くのである。

不二子さん、たまには優しくしてください。

 

 

フーリン「面白さとは違う動画の魅力」

 

 

移動の新幹線などでパチンコ・パチスロの動画を見る機会が多い筆者だが、同じ演者の動画をひたすらに見るという事は少ない。

ほとんどの動画がガッツリ負けるかエラいフラグを引いてリアクションするかという動画に分けられるからだ。

動画が飽和状態の昨今、上記のパターンとは別路線を進んだり独特の持ち味を出している演者が人気なのだろうという事はど素人の筆者でも想像に難くない。

そんな中でシンプルに凄いと思えるのが攻略マガジン軍団長のレビン氏だ。

とにかく情報量が凄まじい。

一つの演出からその先の展開をほぼノーカットで言い当てている様を初めて見たときは鳥肌が立ったのを今でも覚えている。

主に番長と北斗を打つ事が多い氏だが、一体どれだけの時間を解析の暗記に費やしているのだろうか。
面白い動画というものは世にたくさんあるが、勉強になる動画というのは少ない。

レビン氏の動画はもはや教材の域にある。

世の中の価値観に大革新が起こりNHKでパチスロ講座の番組が始まる様な事があれば、間違いなくメインMCはレビン氏だろう。

演出の一つ一つで楽しみたい、もっと深いところを知りたいというユーザーの方々にはレビン氏の動画はオススメだ。

 

 

フーリン「たった1枚、されど1枚」

 

 

最近の新台にはボーナス+RTタイプが目立つ。
号機の変遷期ということもあり、かなり顕著だ。

世に出てるRTタイプの中では不二子Aが群を抜いて面白いというのが筆者の感想だが、そのほかの台も捨てがたい。

BAR狙いのチェリー落とし、滑ったらスイカを狙い外れればチャンス目という打ち方の台がホールの大半を占めた時期があるが当時と比べれば打ち方のバリエーションも豊富になった。
通常時の押し順ペナルティが無くなったことも大きだろう。

特に番長Aや不二子A、カンフーレディ・テトラなど、1枚役を絡めての打ち方が良い味を出している。

普通に小役を狙ってボーナスを待つのか、1枚役を狙ってペイアウトのアップを狙うのか。
1枚の払い出しの有無だけでゲーム性がガラリと変わる。

後者に至っては1枚役を取るゲームなのではという錯覚すら覚える程だ。

1枚役でペイアウトを稼ぐのであれば長時間打つ前提となるが、重いフラグを引いて1発を待つのとはまた違った趣を感じる。

筆者は伸るか反るか・デッドオアアライブの荒い台を好むが、パチスロを楽しむという点においては1枚役を狙う趣ある台も良いものだと思う。

惜しむらくは、カンフーレディの様に常時ビタ押しが要求される鬼畜な仕様がもう少し緩和されてくれると嬉しい。

 

 

フーリン「心の余裕」

 

 

筆者の友人には数名の専業がいる。

パチンコ・パチスロの収支で年金と保険まで支払っているのだから立派なものだ。

強い店に行くと偶然顔を合わせることもしばしばあり、筆者にとっては彼らがきているという事実が店に対する信頼度のバロメーターにもなっている。

いわゆる軍団と呼ばれる人々と彼らの決定的な違いは「余裕」にあると筆者は思っている。

個人的な意見になるが、軍団の人々は根こそぎ持っていこうとするイメージがある。
グレーゾーン(筆者にとってはブラックだが)な台の取り方をする軍団も見かける。

友人の専業勢はあくまでもルールの範囲内で黙々と期待値を積み重ねている。

そして自分以外の打ち手に対して比較的寛容に感じる。
同じホールで芳しくない状況に陥った際、それとなく良い台の情報を提供してくれることがある。

「あのサザンCだぞ」

そう声をかけられた時、サザン・アイズのCを見つけた専業勢ならば真っ先に座るのではと思っていた筆者はシンプルに驚いた。

聞いてみれば、自分はツモったし取り分は確保したから今日は上がるとの事だ。

大き過ぎる欲をかかずに取り分を確保したらストイックに撤退する。
こういう心の余裕が彼らを専業たらしめているのではと改めて感じた。

少なくとも、ホールに入る時は常に万枚という欲にまみれた筆者にとっては見習うべきところが多い。

専業勢・ガチ勢を「面白みがない」と否定する意見もあるが、グレーな台の取り方をする連中よりははるかにクリーンで見ていて清々しいものだ。

 

 

フーリン「ぶっ飛んだ思考回路」

 

 

まだ導入前だが、にわかにスロット打ちの間で話題になっている機種がある。

ルパン三世。

5.9号機にして、天井を搭載し法外な純増を誇る事で話題になっている。

仕組みとしては表面上の通常時が内部的には「増えないボーナス」、ART中が内部的には「やたらとMBが立つ通常時」という仕様だそうだ。

この話を聞いた時、まず最初に頭に浮かんだのは開発者の思考回路がぶっ飛んでいるという感想だ。

既存のルールを把握した上で抜け道を探し出し、それを現実にする。

不可能を可能にすると言っても過言ではない所業だ。

ルパン開発者はそれこそ怪盗に転職したら財を築くのが容易なんじゃなかろうかとすら思える。

実際にヒットするかは導入するまでわからないが、こういう台を開発してリリースまで持っていけるという事がシンプルにすごい。

5.9号機は出ない。という固定概念を根底からひっくり返している。

6号機が出るとパチスロがガラリと変わると言われているが、ぶっ飛んだ思考回路を持つ開発者が業界にいる限りなんだかんだ言って楽しめる台が出るんではなかろうかと希望が持てる。

近年、鳴り物入りで導入されるパチスロ機は大ゴケする傾向にあるがルパンがコケるのかヒットするのかは定かではない。

しかし、ルパン開発者のぶっ飛んだ思考回路は是非とも6号機開発にも活かしていただきたい。

 

 

 

フーリン「隠れ名機」

 

 

ここ数年のパチスロ新台導入ペースはとにかく早い。

触ることなく消えていく台、そもそも近隣で導入すらされていない台がほとんどだ。

非常にもったいないのはメジャー台の陰で消えていく台の中には独特なシステムを積んでいる台もあるということだ。

例えばパチスロ・ギルティクラウン。

あの台は頻繁にRT状態を行き来し、状態を把握すると面白さが数倍に跳ね上がる代物だ。

RT0を含めると6段階存在するRT状態を全て完全に把握することは不可能だが、中押しでの停止系からおおよその見当をつけて打つだけで楽しめる。

導入台数の少なさかそれともシステムが斬新すぎたのかギルティクラウンは導入と同時にバラエティ島への直行便に乗ってしまったが、一歩間違えば大ヒットから増産という可能性だって0では無かったはずだ。

筆者はリノをそれなりに嗜むが、リノがあそこまでヒットするとは思ってもいなかった。

何かのタイミングで愛好家のような存在に巡り合えていれば、ギルティクラウンもヒットしたかもしれないのだ。

結果として島の隅っこで佇む存在になってしまった台たち。

5.9号機を敬遠して打つ台が無いと言うのであれば、埋もれている名機を探し出すと言うのも一興ではなかろうか。

 

 

 

フーリン「運の総量」

 

 

人間というのは不思議なもので、ツイてる人とツイてない人というのが出てくる。

努力や才能でカバーできない、運という要素だ。

運だけで生きていける人間というのは流石に居ないと思うが、生きていく上での必須要素であることは間違いないだろう。

ツイている人とツイてない人という表現を聞くが、筆者はこの表現はあまり使わない主義だ。

人間の運の総量はみんな一緒だと思っている。
同じ総量の運を20代でガンガン使うか、60過ぎてから使うかの違いといった感じだ。

そうなると、若い頃ツイてる人間は年取ってから地獄のような思いをするという理屈になるが、得てしてそんなもんではなかろうか?

ズーッとツイてる人間なんてそうそういるもんではない。

きっと、持ち合わせた運を使い切れずにこの世を去る人もいるだろうし、意図せず余ってる人もいるだろう。

パチンコ・パチスロも立ち回りとして最適解を選択する努力はできるが、最後に勝敗を左右するのは運だと言う人もいる。

逆に運の要素は最小限、結局は確率と期待値だと言う人もいる。

きっとどちらも正解なのだろう。

ここでキモになるのは、運も期待値も確率も目に見えない物だということだ。

期待値主義者とそうでないと打ち手は対極に見られがちだが、最後に勝敗を委ねるのは目に見えないもの。という点では同じなのかも知れない。

 

 

 

フーリン「よーく考えよう。お金は大事だよ。」

 

 

勉強という言葉はどうしても人間にネガティブな印象を植え付けてしまう。

子供時分にテレビを通して未来から来た猫型ロボットに頼りがちなメガネ少年や、強いやつを見つけるとワクワクする格闘家を目にして勉強とはネガティブなものという印象を刷り込まれた筆者も勉強というものは苦手だ。

どうにも強いられる感の強い勉強というものだが、自分の好きなものならばどうだろうか。

好きな俳優が過去どんな作品に出演したのか。
自分で作る料理をさらに美味しくする為にはどういう工夫が必要か。
飼っているペットには何を食べさせるのが良いのか。

これらを調べるのも立派な勉強だ。

パチスロならば、解析や法則。
好きな機種を打ち込めば打ち込むほどこれらを覚える為にネットや雑誌で情報を収集する。

そして収集した情報を基にしてさらに楽しい思いをする。
パチスロにおいて勉強とは楽しむための手段の一つと言って良いだろう。

解析数値を全て覚える必要まではないにしてもどういうゲームフローなのか、どういう特化ゾーンなのか位は事前に頭に入れて打つ事を筆者は薦めたい。

最近ホールで少し打って首を傾げその場を立ち去るという打ち手を見かける。

数千円打って首を傾げて立ち去る。
これこそ真の意味での無駄遣いではなかろうか。

パチスロは私有財産を使ったスポーツだ。

私有財産なのだからどんな打ち方をしても自由であることに違いはないが、それでもよくわからないものに金を突っ込んで何も得ずに立ち去るというのは誰も得をしない行為ではなかろうか。

何も知らずに打って自分でどういうものか考えるという楽しみ方もあるが、そういう楽しみ方をする打ち手は首をかしげてやめるという事はないだろう。
ゲーム性を自分で掘り起こすという明確な目的もなく、ただただ私有財産を無駄にする打ち方は筆者からするとひどく残念に思う。

お金というのは大事なものだ。
大事なお金を使って仕事ほどの労力もなく楽しんだ上で使った以上のお金を得ようというのだ。
これ程の贅沢をするのであれば、ゲーム性くらい勉強してもバチが当たるもんでもないのではなかろうか。

 

 

フーリン「排除の論理」

 

 

生きていく上で避けて通れないものというのは必ずある。

確定申告、ローン審査、生理的に受け付けない人間への敬語、お説教、仕事での失敗etc
中でも、全人類が絶対に避けて通れないのが多数決だ。

学校でも会社でも必ず多数決というものは存在する。
良い見方をすれば人との関わりがある証拠という事になるが、悪い見方をすれば多数決というのは恐ろしく残酷なものだ。

以前ライターがハナビを打つ動画に対してのコメントで「ビタ押しできないのにアクロス打つな」というコメントを目にした事がある。
コレが1人の意見ならまだ良いのだが、このコメントに同調してライターを叩く人が大多数のだったのだ。

ビタ押しできないならアクロスを打つなという意見にも問題はあると思うが、ライターを擁護したコメントに対して複数の人間が批判的なコメントを投じた事に筆者は戦慄した。

少数派は叩く。
この考え方はパチスロ以外でのジャンルでも度々問題視される。

少数派は異端者として排除され、事の成否を問わず多数派が正義となるというのは改めて考えると怖い話だ。

実際ホールでも「強い日には絆を打っておけば問題ない。絆に行かないのは愚行だ。」という風潮が一時期蔓延していた。
今もこの風潮が強いホールは多数あるだろう。

異端者の行動は愚行であるというのは完全に排除の論理だ。

誰しも批判されたり排除されるのは怖いもので、多数派に混ざってれば安心という心理は理解できるが、自分と意見の異なるものをみんなで叩こうという考えは明らかに間違いだ。

みんなと同じなら大丈夫。みんなと一緒なら安心。
こういうエセ人類補完計画みたいな考え方がパチンコ・パチスロにも確かに存在している。

リーチ目を知らず、ビタ押しが出来なくても良いじゃないか。
小役を取りこぼしても良いじゃないか。
打ちたい台を打ってそれなりに勝った負けたを楽しめたかどうか。
結局のところそこに行き着けるかどうかが大事なのではなかろうか。

 

 

フーリン「とりあえず一発」

 

 

このコラムを読んでくださっている皆様の中にはパチスロしか打たないという人も居るだろうが、筆者はパチンコもそれなりに打つ。

というよりもパチンコ歴の方が長い。

法的にパチンコ・パチスロを打てる歳になったころ、スロットは4号機末期の時代だ。
興味はあったが、当時のスロットコーナーの狂気にも似た空気感が怖くて立ち入る事が出来なかった。

ホール内の狂気が和らいだ事もあり、パチスロを打つ様になったのは5号機からだ。
そこから一気にパチスロの比率が上がったのだがパチンコは今でも打つ。

それこそ、大好きな台を見つけるとパチスロそっちのけで1日パチンココーナーにいる事もある。
今はその対象が一発台だ。

天下一閃から始まった近代一発台シリーズは筆者のストライクゾーンど真ん中だ。
2018年に入ってからの収支表でパチンコカテゴリはほぼ一発台だ。

台の良し悪しがデジパチとは比べ物にならない程出玉に直結するが当たった際の気持ち良さはデジパチとは比較にならないほど気持ちがいい。

保留変化やら擬似連と言った煽りがほとんど無く、当たれば数千発確実に手に入る。
当たりを待つ間はひたすら無心。

うしおととらはデジパチの演出と連チャン性を持たせてはいるが、根本部分では一発台なので、他の一発台同様煽りの比率は少ない。

出玉規制や確変比率が低くなり、パチンコで大勝ちは難しいと言われる様になって久しいが、一発台には大勝ちの夢が確かにある。

当たれば気持ちいい上に出玉がでかい。
パチンコの原点を具現化したジャンルだと言っても過言ではない。

パチンコの煽りは苦手という方には声を大にして一発台をオススメしたい。

1つ注意点を挙げるとするならば、負けを取り返そうという思考で打つ事はオススメしない。
抜けない、クルーンで弾かれるといった事象を数万負けている精神状態で体験すると歯を食いしばりすぎて奥歯が砕け散る可能性があるからだ。

1000円で7回抜ける天下一閃に8万突っ込んで奥歯の詰め物が取れるという体験をした者として、この点だけは肝に命じていただきたい。

皆様の奥歯が健康であらんことを。

 

 

フーリン「強さと上手さ」

 

 

強いと上手い
褒め言葉として受け取るならばどちらが好ましいだろうか。

強いと褒められる方が良い人間も居れば、上手いと褒められる方が良いという人間もいるだろう。

どちらか選べというならば、筆者は強いと褒められたい。
パチスロにおいて、筆者は強さを求めている。

パチスロでの上手さというのは勝率が高く最終的に上手くまとめる打ち手、強さとは設定や立ち回り以上に腕力で勝つ打ち手だと筆者は思う。

期待値や設定を根拠に立ち回る打ち手は客観的に見て上手いと思うし参考にするところも多い。
一時期は期待値を追う打ち方を試してみたが、ある日自分には向いていないことに気付いた。

どうしても気持ち良さを優先させてしまう。

上乗せの気持ち良さ。
音の気持ち良さ。
目一杯負けているところから捲る気持ち良さ。

気持ち良さを求める時点で期待値を追うことを辞めていた。

そうはいってもパチスロは勝たなければ面白くない。
そうなると必然的に強さが必要になる。

必要なタイミングで強い役を引く強さ。
50%を通す強さ。
大きく負けても最後まで勝ちを目指すメンタルの強さ。

上手さは経験や知識で作り上げる事が出来るが強さを作り上げるのは難しい。

ベストキッドよろしく、格闘技におけるディフェンスはひたすら車の窓を拭き続ければ上手くなれるかもしれないし、精神と時の部屋に籠もれば人より早いペースで成長できるかもしれないが、あいにく日本の不動産屋は精神と時の部屋の賃貸契約はしていない。
パチスロに効果的なトレーニングというのはあるのだろうか。
レバーオンを素振りしてパチスロが強くなれるという話は今のところ聞いた事がない。

パチスロで強くなる方法を探すのが筆者にとって1つのテーマだ。

しかし1つ懸念がある。
仮にパチスロにおいて無敵の強さを手に入れたとしよう。
結果として今気持ちいいと感じている事が普通になってしまうのではなかろうか。

気持ち良さを求めた結果、気持ち良さが消えるんじゃなかろうか。

そうなってしまっては本末転倒だ。

ここまで散々強さに関して書いておきながら、結果として強くなったら目的から遠のくという懸念が生まれてしまった。

結局のところ、強さを求めながらたまに来る気持ち良さに身悶えするのが1番いいという事なのだろうか。

スカウターがぶっ壊れるレベルまでパチスロ戦闘力を上げる事を目標に引き続き強さを追い求めようと思う。